2016年4月14日木曜日

論文の書き方講座をした話

構造化が適切になされていない,可読性の低い,人類には早すぎる論文の爆誕を阻止するために,ゼミで論文の書き方講座をしました。こういうことをずっとやりたいと思っていたのですが,どんなふうに教えれば効率がよいかわからず,1年以上悶々と考え続けた成果物です。
文章の構造を教える上で, Markdownに白羽の矢を立てました。構造化を意識すると”気持ちよく”文章を書けるのがMarkdownだと思うんですよね。Pandocでテンプレートを指定して,卒論フォーマットのWord文書に変換できると知ったのもポイント高かったです。実演してみせたとき,学生さんから「おーっ」と声が上がり,「あ,いまのたかし的にポイント高い!」って思いました(謎)
エディターにはMeryを採用しました。アウトラインが表示できるのも便利です。また[外部ツール]の実行ができるので,これを利用してクリック一発でPandocを呼び出せるようにしました。
参考までに,Windows版のPandocは次の場所にインストールされます。
%UserProfile%\AppData\Local\Pandoc\pandoc.exe
昨日の記事Markdownで書いてMarkdown HereでHTMLに変換しています。もちろんこの記事も。Markdown便利ですね。
Markdownを書けるようになることではなくて,文章の構造化をできるようになることが最終目標ですから,別にWordで書いていただいてもよいのです。この講座がちょっとでもお役に立ってたらいいんですけどね。ついでに,オープンソースソフトウェアっておもしろいなあって思ってもらえたら嬉しいという気持ちもあったりします。ちょっとだけですけどね!

2016年4月13日水曜日

文章の構造化とMarkdown

文章の構造化とMarkdown

押江隆(山口大学教育学部)

本講座の目的

本講座では文章の構造化について学ぶ目的で,Markdownと呼ばれる書式でテキストを書いてみます。

構造とは

そもそも構造とは何でしょうか。一例を示すために,Windows 7の「エクスプローラー」を起動してみましょう。
左ペインの[コンピューター]のすぐ下に[ローカルディスク (C:)]と書かれたアイコンがありますね。その左の矢印(▷)をクリックしてみましょう。いくつかのフォルダーが表示されますね。その中の[ユーザー]の矢印をクリックしてみます。鍵マークのついたフォルダーが現れますね。さらに矢印をクリックしてみます。たくさんのフォルダーが表示されましたね。この中の[お気に入り]の矢印をクリックすると,さらにたくさんのフォルダーが表示されます。これは[ローカルディスク (C:)]の中に[ユーザー]というフォルダーがあり,その中に自分のアカウントのフォルダーが,さらにその中に(Internet Explorerの)[お気に入り]フォルダーが含まれていることを示しています。また,鍵マークのついたフォルダーには[マイドキュメント]も含まれていますね。確認してみてください。
[ローカルディスク (C:)]の中には[Windows]というフォルダーもありますね。その左の矢印をクリックしてみますと,同様にたくさんのフォルダーが表示されますね。その中の[Fonts]をクリックしてみてください。たくさんのフォントが格納されていることがおわかりになるかと思います。
これを箇条書きにすると,[ローカルディスク (C:)]は以下のような構造を持っていると言うことができます。これは一種の「ツリー構造」です。
  • ローカルディスク (C:)
    • ユーザー
      • アカウント名(takashiなど)
        • お気に入り
        • マイドキュメント
    • Windows
      • Fonts

文章の構造

コンピューターと同様,文章にも構造が存在します。多くの論文は「問題(と目的)」,「方法」,「結果」,「考察」の4つのセクションを持ちますが,これも構造です。押江(2009)の論文を,上記のようなツリー構造で表現すると,以下のようになります。
  • 地域における無目的志向のフリースペース活動の意義: 「そのままでいられる場」としてのフリースペース
    • 問題と目的
      • フリースペースの概要
      • 本研究の目的
    • 研究1: 事例研究
      • 研究1の目的
      • 事例A
      • 事例B
      • 考察
    • 研究2: 保護者への面接調査
      • 研究2の目的
      • 方法
      • 結果
        • 子どもたちの特徴
        • 仲介役の存在
        • 居場所
          • 「まるで親戚の集まり」
          • 似たような子ども集団
          • 無目的で自由な空間
          • 受容の場
          • 楽しめる場
        • ソーシャルスキルトレーニング
        • 変化を求めない
        • 待合室の様子
        • 心理臨床との関連
      • 考察
    • 総合考察
    • 文献
どんな論文にも構造が存在します。先に述べた「問題(と目的)」,「方法」,「結果」,「考察」は,論文の構造のひな形です。ひな形をもとに,その構造を組み立てる必要があります。
本講座では,「構造化が(ほぼ)必然」で書くことの多い,Markdown言語を学ぶことで,文章の構造化を学びます。論文をMarkdownで書く必要はもちろんありませんので,Markdownの文法そのものを覚える必要はありませんが,「文章の構造化とは何たるか」を学んでいただけたら幸いです。

Markdownとは

Markdown - Wikipediaより引用します。
Markdown(マークダウン)は、文書を記述するための軽量マークアップ言語のひとつである。
「書きやすくて読みやすいプレーンテキストとして記述した文書を、妥当なXHTML(もしくはHTML)文書へと変換できるフォーマット」として、ジョン・グル―バーにより作成された。アーロン・スワーツも大きな貢献をしている。Markdown の記法の多くは、電子メールにおいてプレーンテキストを装飾する際の慣習から着想を得ている。

なぜMarkdownなのか

マークアップ言語は,文章の構造を示す言語です。マークアップ言語を用いて「構造を示す」練習をしておけば,文章を書く上で構造を意識することが可能になります。
マークアップ言語の代表としてはWebで用いられるHTML(HyperText Markup Language)が挙げられますが,開始タグや終了タグなどがあってやや複雑です。Markdownはシンプルで,そのままでも可読性に優れています。Markdownの記法に慣れることを通して,文章の構造化の習得を目指しましょう。

Meryのインストールと設定

MeryはWindowsで動作する,テキストエディターです。MeryのページからZIPファイルをダウンロードして,フォルダーごとデスクトップに展開してください。
[Mery]フォルダーにMery.iniというファイルを作成し,このように書き込みます。保存して終了してください。Meryを実行するにはMery.exeをダブルクリックします。
このように設定したMeryでは,適切に構造をもった文章をMarkdownで書くと,左ペインに文章のツリー構造が表示されます。逆にいうと,ここにまとまりのある構造が示されていない文章は,うまく構造化できていないと考えてください。うまく表示されない場合は[表示(V)]→[編集モード(M)]から[Markdown]を選択してください。
Meryのウィンドウ

Markdownを書いてみよう

詳しくはMarkdown記法 チートシートを読んでください。ここでは一部を示します。

段落/改行

段落をわけるときは,次のように1行空けます。
私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執っても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない。

私が先生と知り合いになったのは鎌倉である。その時私はまだ若々しい書生であった。暑中休暇を利用して海水浴に行った友達からぜひ来いという端書を受け取ったので、私は多少の金を工面して、出掛ける事にした。私は金の工面に二、三日を費やした。ところが私が鎌倉に着いて三日と経たないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れという電報を受け取った。電報には母が病気だからと断ってあったけれども友達はそれを信じなかった。
私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執っても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない。
私が先生と知り合いになったのは鎌倉である。その時私はまだ若々しい書生であった。暑中休暇を利用して海水浴に行った友達からぜひ来いという端書を受け取ったので、私は多少の金を工面して、出掛ける事にした。私は金の工面に二、三日を費やした。ところが私が鎌倉に着いて三日と経たないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れという電報を受け取った。電報には母が病気だからと断ってあったけれども友達はそれを信じなかった。

ヘッダー

# 見出し1

## 見出し2

### 見出し3

見出し1

見出し2

見出し3

強調

*斜体*で強調

**太字**で強調
斜体で強調
太字で強調

リスト

箇条書き

* 箇条書き1
    + 箇条書き2 (スペースを4つあける。Tabキーを1回たたくと入る)
    + 箇条書き2
    + 箇条書き2
* 箇条書き1
    + 箇条書き2
        - 箇条書き3 (スペースを8つあける。Tabキーを2回たたくと入る)
        - 箇条書き3
        - 箇条書き3
    + 箇条書き2
* 箇条書き1
  • 箇条書き1
    • 箇条書き2 (スペースを4つあける。Tabキーを1回たたくと入る)
    • 箇条書き2
    • 箇条書き2
  • 箇条書き1
    • 箇条書き2
      • 箇条書き3 (スペースを8つあける。Tabキーを2回たたくと入る)
      • 箇条書き3
      • 箇条書き3
    • 箇条書き2
  • 箇条書き1
箇条書きの記号は * , + , - のうちどれでもよい。また,リストの前後は空行を入れること。

番号付きリスト

1. 番号付きリスト1
    1. 番号付きリスト2 (スペースを4つあける。Tabキーを1回たたくと入る)
    1. 番号付きリスト2
1. 番号付きリスト1
1. 番号付きリスト1
  1. 番号付きリスト1
    1. 番号付きリスト2 (スペースを4つあける。Tabキーを1回たたくと入る)
    2. 番号付きリスト2
  2. 番号付きリスト1
  3. 番号付きリスト1
番号付きリストの数字はすべて1.でよい。自動的に連番になる。また,リストの前後は空行を入れること。

引用

> 引用文
>> 引用文中の引用文
引用文
引用文中の引用文

|質問項目|因子1|因子2|共通性|
|:-------|:---:|:---:|-----:|
|1.りんご|.82  |.13  |   .65|
|2.もも  |.58  |.21  |   .56|
質問項目 因子1 因子2 共通性
1.りんご .82 .13 .65
2.もも .58 .21 .56

画像

![Markdownのアイコン](md.png)
Markdownのアイコン
Markdownのファイルと同じフォルダーにmd.pngを置くようにします。

リンク

論文で使うことはほぼないでしょうけど。
[押江隆研究室](http://oshie.edu.yamaguchi-u.ac.jp/)

論文を書いてみよう

論文は多くの場合次のような4つの見出しからなります。
大見出しのみ
まずはここから書き始めます。次に,各見出しの下に何を書くのか,さらに小見出しをつけてみてみましょう。
大見出し+小見出し
このように書くと,左ペインに次のようなツリー構造が表示されるはずです。
ツリー構造
この作業は,弁当箱に仕切りをつけることに似ています。弁当箱に,仕切りなしに具をつめていくと,大変なことになってしまいます。ハンバーグのケチャップがごはんについてしまったり,ほうれん草のおひたしの汁がイチゴにかかってしまったりするかもしれません。同様に,論文に見出しという名の仕切りをつけないと,可読性が落ち,人類には早すぎる論文が完成してしまいます。論文を書くときは,仕切りをつけるつもりで,まず見出しから書いてみましょう。
もちろん論文を書いている最中に,見出しを変更しなければいけない場合もあるでしょう。その場合は,ツリー構造を意識して,見出しの流れが読み手に伝わるようなものになっているかどうか確認するようにしましょう。

(オプション)MarkdownからWord文書を作成する

Pandocというソフトウェアを使えば,Markdownからあらゆるフォーマットを生成することができます。Markdownひとつで卒論やミニ卒のWord文書を作成することも可能です。まずはPandocインストールしてください。またsotsuron_template.docxminisotsu_template.docxをダウンロードしておきましょう。
MeryでMarkdownのファイルを作成し,保存します。そのファイルと同じフォルダーに,先ほどダウンロードしたsotsuron_template.docxまたはminisotsu_template.docxを置きます。このときファイル名を変更しないように注意してください。
[ツール(T)]→[外部ツール(E)]から[MarkdownをWordに変換(卒論)]を選択すると,卒論の提出の際に求められる書式でWord文書が作成されます。
PandocでMarkdownをWord文書に変換
同様に,[MarkdownをWordに変換(ミニ卒)]を選択すると,ミニ卒の提出の際に求められる書式でWord文書が作成されます。ただし,表題と氏名の段落の段組みを解除する必要があります。段組みを解除するところにカーソルを移動し,[ページレイアウト]→[区切り]から[現在の位置から開始]を選択します。カーソルを再び段組みを解除するところに移動し,[段組み]→[1 段]を選択します。
段組みの解除(1)
段組みの解除(2)
その他,Pandocを使うとHTMLを作成したり,reveal.jsを使った美しいスライドを作成したりすることができます。また,Pandocではないですが,ブログを書く方はMarkdown Hereという拡張機能をブラウザーで使うとMarkdownでブログの文章を装飾できます。興味のある方は調べてみましょう。

2016年4月8日金曜日

Acer Liquid Z530


Nexus 5を駐輪場で落としてしまって画面ぱりーんをやってしまったので,買い換えました。ほんとはUSB type Cな端末がほしかったのですが,やむを得ず。いわゆるミドルレンジの端末ですけど,さっくさくです。電池もよくもちます。ってNexus 5がもう限界だったというのもありますが……。IIJmioのSIMでばっちり動いています。
ひかりTVショッピングで買ったので,お値段2万円弱の,2090ポイントつき。実質19000円弱なわけで,いい世の中になったものですねえ。
スクリーンキャスト機能のAcerEXTENDが売りのひとつですけど,Windowsでしか使えないですし,職場のWindowsマシンで試してみたけどうまく動かなかったのでその後放置しています。そもそもこの手の独自実装は,裏で何されてるかわかんなくて気持ち悪いというのもあります。
それにしても,自動車学校といい,PCといい,最近お金使ってるなあ……。全部要るものですし,しかたないですけど。

2016年3月24日木曜日

Google Compute EngineでRStudio Serverを動かす

RStanで3日以上かかる分析をしておられる小杉先生のご要望(?)にお応えして,IaaSの一種であるGoogle Compute EngineでRStudio Serverを動かしてみました。

前準備

アカウントをセットアップし,[VMインスタンス]から[インスタンスを作成]に入ります。[マシンタイプ]がバグってるっぽいので[カスタマイズ]をクリックし,コア数とメモリをキーボードから入力します。私は[コア数]を8 vCPU,メモリを16GBにしました。
[ブートディスク]の[変更]をクリックし,[事前設定されたイメージ]から[Ubuntu 14.04 LTS]を選択しました。デフォルトのままDebianでもよいのでしょうけど,Ubuntuが一番慣れているので。あとはそのままにしておいて,[作成]をクリックします。
左上のハンバーガーメニュー([三])をクリックし,[ネットワーキング]→[ファイアウォール ルール]をクリック。[ファイアウォール ルールを作成]をクリックし,次のように入力して[作成]をクリックします:
  • [名前] -> rstudio
  • [ソース IP 範囲] -> 0.0.0.0/0
  • [許可対象プロトコルとポート] -> tcp:8787
ハンバーガーメニュー([三])から[Compute Engine]に戻りましょう。先ほど作成したインスタンスがすでに起動していると思うので,[接続]列の[SSH]をクリックします。ブラウザー上でサーバーにログインできます。

最新のRをインストール

CRANから最新のRをインストールします。まずsources.listを編集します。最初の$マークは入力しません。
$ sudo nano /etc/apt/sources.list
一番最後の行に,次のように入力します:
deb http://cran.ism.ac.jp/bin/linux/ubuntu trusty/
[Ctrl]+[O]で保存し,[Ctrl]+[X]で終了します。そして次のように入力してRをインストールします。
$ sudo apt-key adv --keyserver keyserver.ubuntu.com --recv-keys E084DAB9 
$ sudo apt-get update && sudo apt-get install r-base

RStudio Serverをインストール

RStudio Serverのページにしたがって,64bit版のRStudio Serverをインストールします。2016年3月24日現在では次のように入力します:
$ sudo apt-get install gdebi-core
$ wget https://download2.rstudio.org/rstudio-server-0.99.893-amd64.deb
$ sudo gdebi rstudio-server-0.99.893-amd64.deb
“Do you want to install the software package? [y/N]:”と尋ねられますので[y]を入力し,[Enter]を押します。

アカウントを作成する

RStudio Serverで使用するアカウントを作成しておきましょう。
$ sudo adduser rstudio
パスワードの入力を2回求められます。パスワードの文字列は表示されません。その他,[Full Name]や[Room Number]などを求められますが,何も入力しないまま[Enter]キーを押していって構いません。
以上でRStudio Serverを使う準備が整いました。

RStudio Serverにアクセスする

ブラウザーに戻り,[外部 IP]列のIPアドレスのリンクを右クリックして[リンクのアドレスをコピー]しましょう。新しいタブまたはウィンドウを開いてアドレスバーに貼り付け,末尾に”:8787”をつけて[Enter]キーを叩きます。
URLの入力
次のようなログイン画面が表示されたら,先ほど作成したアカウントの情報でログインします。
RStudio Serverへのログイン画面

Have fun!

あとはデスクトップ版のRStudioと使い方は同じです。このスペックだと,RStanがけっこうな速度で動作するようです。
CPUがたくさん計算してtopの出力とか眺めるの楽しい!!✌(‘ω’✌ )三✌(‘ω’)✌三( ✌’ω’)✌

2016年3月9日水曜日

パーソン・センタード・アプローチとスーパービジョン

押江隆(2015). パーソン・センタード・アプローチとスーパービジョン 山口大学大学院教育学研究科附属臨床心理センター紀要, 6, 27-34.(ダウンロード
続けてもう1本。スーパービジョンについての論文です。このブログ記事は実はこの論文が下敷きになっていたりします。
私みたいな若輩者がスーパービジョンについて論文を書くとかどうなのよ,という気もしましたけど,思い切って書いちゃいました。特にケースについては,正解の関わり方なんてないと思うんですよねえ。

コミュニティプレイセラピー: コミュニティ・アプローチによる新しいプレイセラピー

押江隆・足立芙美・三浦啓子・水戸部準(2015). コミュニティプレイセラピー── コミュニティ・アプローチによる新しいプレイセラピー 山口大学大学院教育学研究科附属臨床心理センター紀要, 6, 3-10.(ダウンロード
実は去年の3月には書き上げていたのですが,わけあってずいぶん時間が経ってしまいました。ようやくだぜ……。
「コミュニティプレイセラピー」という術語でよいのかどうか,すごく悩むところです。必ずしも治療を目指しているわけではないので,therapeuticな場ではあるけど,therapyと呼んでいいのかどうかとか,そもそもtherapyって何なのよ,とか,いろいろ考えてしまいます。しかし「コミュニティプレイ」だと意味がよくわからないですしね……。
最近オープン・ダイアローグの上映会をやりましたけど, オープン・ダイアローグでも「対話は手段ではない。 それ自体が目的である。 治癒は副産物としてやってくる」と考えるんですよね。そういう意味でも「オープン・ダイアローグ」という術語はよく考えられているなと思います。その他にも,地域のネットワークリソースを活かしたりだとか,専門家の立ち位置が従来の治療論と異なったりだとか,コミュニティプレイセラピーといろいろと似ているなあと思いました。かなり勇気づけられましたね。

2016年3月5日土曜日

教えることについての私論

私は大学教員ですが,もともとは塾で働いていました。アルバイトで個人指導の塾の先生として働き始めたのは大学1年生の頃です。先生になりたての頃,私の授業を観察していた教室長に言われた言葉がいまも忘れられません。
押江くんは,子どもに向かって大人の言葉を話している。子どもの言葉を勉強して,子どもの言葉を話せるようになりなさい。
私は「自分を責めやすく,気分が落ち込みやすいくせに負けず嫌い」という厄介な性格を持っていて,そのときも猛烈に気分が落ち込み,悔しくて悔しくて仕方がなかったのをよく覚えています。自分を責めるだけ責める時間が過ぎ去ったあと,子どもの言葉とはどういうものなのか,それをどのように話せばよいのか,若いながらにずいぶん考えました。このときの体験は,いま思うと貴重なものです。
いまなら教室長が言わんとしていたことを,ある程度理解できるような気がします。私にとって教えることは,その人に見えている世界を理解しようとすることです。
私にとって教えるということは,知識量の多い人が,知識量の少ない人にその差分を与えていくことではありません。 そもそも「唯一無二の正しい真理」なんて存在しません。とうの昔に神は死んだし,唯一の現実は存在しないのです。
したがって,その人に見えている世界を理解しようとすることが,教えることの第一歩だということになります。「できない」人に「正しい答え」を教えることは,しばしば害になると私は考えています。その「正しい答え」は教える側にとっての正しい答えであって,教えられる側に見えている世界にはそぐわないかもしれないからです。
たとえば2次関数の問題を解いているある中学3年生の生徒が間違った答えを導き,教師が「正しい答えの導き方」を提示して,この通りやってみてと伝えても,やはり間違ってしまったとします。「知識量の多い人が,知識量の少ない人にその差分を与える」アプローチをとる教師だと,あとはこう伝えるしかなくなってしまいます。「このとおりやるだけなのに,どうしてできないんだ。意味がわからない」,「私の言ったとおりにやればできる。あとはやる気の問題だ」,「覚えようという気がないからできないんだ」
しかしこの生徒さん,解いている様子をよくよく観察していると,かけ算が苦手で,そもそも九九をきちんと覚えていないということがわかってきました。この生徒さんにとっては「正しいこと」をやっているのです。2次関数を教えるということ自体がすでに間違っているのです。
高校までの勉強には「正解」がありました。ところが大学に入ると事態はますます複雑になります。高校までは,教科書に書いてあることが正解だとされました。高校までの先生は,どの先生も同じことを言っていました。ところが大学の先生は,人によって言うことが違います。先生同士の言っていることが矛盾していたり,果ては教員同士がケンカしだしたりします。そんな様子を眺めながら,大学生は,どうやら高校までに「唯一無二の正解」だと思ってきたことが,誰か特定の人間にとっての正解に過ぎないのだということがわかってきます。
そして学生は卒業論文で,他の誰でもない,自分自身にとって「正しいと思うこと」を言えと求めれます。
特に卒業論文の指導において,教員に求められるアクションは,その学生に見えている世界を理解しようとすることだと私は考えます。その学生に何が見えているのかを理解しようとし,それが人に伝わるかたちになるようお手伝いすることが,私にとっては教えることです。教員はわかろうと努め,学生はわかってもらおうと努力することで,だんだんかたちになっていきます。
私にとっては,大学教員が「君が何を言っているのかわからない」とか「君の考え方は間違っている」と言った時点で負けなのです(これは,私がなんでもわかるという意味でも,「わからない」と言ったことがないという意味でもありません。わからないことはたくさんありますし,「わからない」と言ってしまったことはあります。しかし,わからないのは私の勉強不足によるものですし,「わからない」と伝えることは私にとって負けなのです。また,もちろん学生さんにも「わかってもらおう」とする姿勢が求められると思います)。
私の考えでは,あらゆる援助論は転換を求められています。「知識量の多い人が,知識量の少ない人にその差分を与える」アプローチは限界を迎えています。昔はきっとそれでよかったのです。社会はもっと単純で,自分のやりたい仕事を選ばなくても親の仕事を継げばそれでよかったですし,視聴率が50%を超えたこともある『8時だョ!全員集合』さえ見ておけば話題にはついていけました。唯一無二の正解(らしきもの)が信じられてきた時代には,それでよかったのです。しかしいま,私たちが生活している世界は,一人ひとりずいぶん異なるらしいことがわかってきたのです。
この奨学金の返還免除に関する質問とその回答は,古いアプローチによって起こった“事故”の典型例だと私は思います。ずいぶん手厳しいことが書かれていますが,奨学金を申請する事情は,世の中がどんどん貧しくなっていっているいま,ずいぶん変わってきています。また,こういう疑問はたいてい学生同士で話し合って解決するものだと思いますが,Yahoo! 知恵袋で質問するということは,学生同士の人間関係がうまくいっていないとか,研究室の雰囲気がよくないとか,いろいろな事情があるかもしれません。それを理解しようともせず,自分の言っていることがあたかも唯一無二の正解であるかのように伝えることは,傷つき体験しか産まないのではないでしょうか。
もはや「自分の体験と相手の体験の差分をとって,パッチをあてる」アプローチは通用しません。そのパッチは,あたらないのです。一人ひとりが,あまりにも異なるからです。
時代にあわせるように,新しい援助論が次々と生まれてきています。変化を生み出す主体は専門家ではなくクライアント自身であるとするパーソン・センタード・セラピーしかり,専門家がクライアントに観察されるリフレクティング・プロセスしかり,最近のトピックでいうと専門家と当事者,家族などとの協働を目指すオープン・ダイアローグしかり。おそらく教育についても同様で,私たちはアプローチの転換を求められているのです。